かつて国鉄時代に京阪神区間にもあった普通列車グリーン車。

 今日7時01分配信の日経電子版に「東海道線にあって中央線にない普通列車グリーン車」という“鉄ちゃん記事”(?)があり、関東圏のJR在来線で東海道・東北・高崎・上越・総武・横須賀・伊東の各線に07年から常磐も加わって、さながら「グリーン車インフレ」(?)……いや、れっきとした需要があるから連結しているが、中央線にはなぜ未だないかといった考察記事が出ていた。記者がJR東に取材したところ、「東海道等の既存各線は最長15両もの編成で2両のグリーンを組成できるが、中央はホ−ム長等の関係上、現在の10両が限界でグリーン1両すら組成できない」という。まあ中央線は四半世紀前まで新宿発着の甲府方面までの鈍行列車があったが、今はそれらは基本高尾発着(一部八王子・立川があり)のローカル運用で都心まで乗り入れないから、おまけに基本たった6両でもあり旺盛なグリーン需要があるとも思えない。

 ただ、この記事で残念だったのは「一方でJR西の京阪神地区にはグリーンが1両もない」といった記述だ。確かに現在こそそれで正解で、グリーンがない代わり主に223・225系車両の新快速が早朝から深夜まで席巻しているが、かつて30年程前までの国鉄時代に関東同様2両連結で存在したのだ(!)。もっとも連結していたのは当時の153系新快速ではなく、関東と同じ湘南色・113系快速で(……懐かし!!)、米原草津辺りから西明石・姫路・網干ないしそれ以遠まで発着する列車に殆ど連結されていた。その証拠に、当時の国鉄時刻表の該当ページに、グリーンを示す例の小さな「四つ葉のクローバーマーク」がそこかしこに付いている……といったところまでの記述がなかったのが残念だったわけだ。
 当時僕は大阪の摂津市千里丘に住む小学生で、親に連れられ大阪都心に出かけた際に大阪駅から各停で帰る前、よく新快速&快速のコラボを目撃した。当時は上下線共大阪で新快速&快速の相互連絡が図られていて、「153系新快速ええなあ〜!!」「快速のグリーンもええなあ〜!!」と双方を見送った後103系各停に乗るという、今でこそ懐かしいが「羨望&屈辱」にまみれたのも一再ではない(?)。千里丘は、今もそうだが当時から新快速はむろん快速も一度も止まったことがない(!)。また、そんな僕の心ちゅうを察してか、何回か大阪から姫路辺りまで快速のグリーンに乗せて貰ったこともあったのだ。
 しかし80年か82年だかのダイヤ改正でグリーン全廃、廃車になった車両もあったかもしれないがお役御免になったグリーンのほぼ全車両、関東地区に転属になった。