学校での「週休2日制」はついぞなかったが・・・

 今日の朝日夕刊5面に「あのとき それから」という一面の半分を割いたコラムがあり、22年前、92年(平成4年)の「学校週5日制導入」が取り上げられていた。従来土曜が午前中のみ、俗に言う「半ドン」の授業だったのを、段階的に土曜も全休にし、日曜共々「週休2日制」にしていった経緯が書かれてあった。
 92年9月12日からまず、毎月第2土曜を全休にするところからスタートし、95年度に第4土曜も追加、そして02年度に「完全週休2日制」に移行したという。いきなり完全移行ではなかったのは忘れていた。

 ただ、戦後間もなくの占領下や、72年(昭和47年)に日教組が「5日制の提起」をしたりと、相当以前から週休2日の試みをなされていたとは意外で、もちろん知らなかった。

 占領当時ににおいては、関東地方軍政部というGHQの地方組織か何かか、「日本の公立学校の週5日制」という名で、土日は社会教育と教員研修に充てる報告をした。松下幸之助が旧松下電器に週休2日を導入するのはこのずっと後だった筈だが、「一日教養・一日休養」を旨としたのと比べても、「教育&研修で、休んだり遊んだりは一切ダメなのか??」と、思った以上に厳しい内容か(?)と想像する。案の定、月〜金が授業、土日がそんなこんなで教員が負担過重に陥った。一方生徒達は生徒達で、休みだったようだが当然のように遊びまわって殆ど勉強しない・・・そんな状況下、51年(昭和26年)頃からもうアッサリ廃止になったという。
 そしてそのほぼ20年後に日教組の提言がなされたのは、60年代後半からの学校荒廃があった。と同時に「ゆとり教育」を併せて提言し、現代に通ずる動きが既に高度経済成長期にあったのも意外だった。

 学校の週5日制導入の背景には、やはり官民問わず一般社会への週休2日制の浸透が大きいようだ。一般企業はもとより、官公庁もいつしか相次いで導入したのと無縁ではいられなかったわけだ。警察や消防、救急等の一部の公務員や運輸・通信・サービス業その他、土日も休みづらい方面を除いて、せっかく親が土日休みなのに子供が半ドンとはいえ土曜も学校では、確かに家族の交流ももうひとつままならない。

 僕らコテコテの(?)昭和世代に学校での週休2日の恩恵に与(あずか)ることは遂になかった。土曜はたいてい午前中の4時限で、終われば「さあ明日は日曜だ」と開放感に浸れたので、それでもマアマア嬉しかったものだ。しかし週休2日なら金曜から開放感に浸り始められるわけで、やはり羨ましい限りだ。