昭和2年・40年当時の如き金融パニックはなかろうが…

 何か6年前の04年にいつの間にか設立され、いつの間にか経営トップが逮捕・起訴され、半ば知らない間に、半ば案の定的に今日破綻に追い込まれた日本振興銀行に、結局残ったものは多額の債務超過額と共に訳のわからない印象のみといった感じだ。1971年に預金保険制度がスタートして約40年を経て初のペイオフ発動とのことで、金融庁のみならず財務省・日銀も、27年(昭和2年)の金融恐慌、65年(昭和40年)の証券恐慌、また最近の米国リーマンショックといった金融パニックにまでは全然至りっこないと判断したようだ。
 もともと設立当時に、既存大手行の貸し渋り貸しはがしの憂き目に遭っていた中小企業向け融資にに特化しようとの理念があったという。まあ21世紀のトヨタソニー、松下(現パナソニック)を発掘しようとの理念かもしれず、いきなり高金利で「タネ銭」を集めてのその志や如何に…といったことだろうが、それらの企業がエクセレントカンパニーになれたのが、今となっては歯が浮くような殊勝で、かつイマドキの幼稚園児すら鼻っから鼻であしらうような顰蹙モノの経営基本方針(理念)などでは決してなく、ただ単に為替が1ドル360円の固定相場での輸出ドライブによる高度成長時代を経たお陰という他力本願的余得に過ぎないのに、そんな夢みたいな過去の恩恵にもあやかれず、またそんな時代の再来も非常に考えにくい中で迂闊にも「夢見る夢◯ちゃん」になってしまったのか……それは融資を受ける側にも、その元手を提供する、とりわけペイオフによって損失を蒙るであろう数千万円もの預金者にも言えよう。