「その時企業は……」日経産業の連載記事スタート。

 今日の日経産業新聞8面「NewsEdge」でルポルタージュ東日本巨大地震、その時企業は 1」が始まった。地震翌日の各紙朝刊から面立てが一気に減って20面台半ば程度で、普段の夕刊並みになってしまったが、日経産業も普段20面以上あるのに昨日が12面、今日に至っては8面である。これは新聞なりに地震関連速報体制を敷いているのと、やはり印刷工場での用紙やインク等の材料の調達難、交通機関とりわけ鉄道の運休なり運行本数減と自動車の「渋滞&ガソリンの給油難」による人員の出勤難、刷り上った新聞を工場から各地へ運搬するトラック等の運行難などなど、考えれば考え得るだけ多種多様な事情が複合的に絡み合っているようだ。
 今日の第1回目は、冒頭から舞台が都内丸の内にある新日鉄本社である。11日の「あの時間」から本社の各部門から、地震の直撃を受けた室蘭や釜石、君津といった製鉄所との連絡で追われていた。連絡内容は現場スタッフとその家族の安否から現場の被害状況まで多岐に渡っていた。中でも震源に近い釜石は敷地が津波をかぶって生産休止、更には港湾の岸壁クレーンも壊れ、いずれも復旧のメド立たず。そこではスチールコード等タイヤの補強材を生産……スチールコードは極限まで不純物を除去した高級鋼で、他ではそう簡単に作れないシロモノだという。
 末尾で新日鉄に限らず鉄鋼業界、あと石油(化学)業界では、原材料入荷時や加工後の重量物製品の出荷時には船舶が便利なため、大部分が海沿いに立地されている……かつてそういったことで高度経済成長を支えてきた面もあったが、今回この甚大な被害を蒙ったことで、また大きな課題を背負い込むこととなった……という締めが印象的だった。
 今回のこの連載はいつまで、そしてどんなことにスポットが当たるかまではもちろんわからないが、もう早くも16年前の阪神大震災以上とも言われる、天変地異としてはそれこそ日本有史以来の大惨事の難局中の難局に各企業がどう立ち向かっていくか、固唾をのんで読むべきなのだろう。